前回ちょっとした品質検査に関する問いを挙げました。それは一度しか使うことが出来ない製品で、使うことでしか正常品か不良品かを区別できない時、未使用の正常品をいくつ出荷できるだろうか?というものでした。
これは「なぞなぞ」とかそういった類の問題では無く真剣な問題です。
さて、この問題をもう少し専門的な言い方に変えると
「相互作用無しに検査できるか?」という言い方になります。相互作用というのは対象物となんらかの干渉をする事を意味します。例えば分解や衝撃、あるいは液体に浸す、風を送る等です。もちろんX線照射も含まれます。もう少し言えば「見る」事もこの相互作用に含まれます。なので「相互作用無しに検査できるか?」という問いの回答は「出来ない」、つまり正常品だけを残すのは常識的には不可能という事になります。
もう少し専門用語を使わせて頂くとこういった検査を「無相互作用測定」と言います。
ところが現実には25%(洗練されたある方法では100%)の正常品を残すことができるのです。今回はこの辺のからくりについて少し説明してみたいと思います。
その前に少しだけ準備体操をしておきたいと思います。そもそも常識的に考えても不可能に思える検査方法ですから思考を慣らすというという意味も込めてです。
私がまだ若かった時「科学朝日」だったと思いますが、次のような記事に衝撃を覚えた記憶があります。それは専門家の間でも存在する、しない、で意見が分かれていたある現象が存在するという決定的証拠を観測出来たというものです。
これを少し比喩的に簡単に説明すると、次のような現象を確認したという記事です。
電子というのはご存知だと思います。電気の基ですね。子供の頃、まだテレビがブラウン管だった頃ですが、テレビに磁石を近づけて怒られた記憶があります。これは電子が磁石に反応して動かされてしまうからです。この事からも想像できますが、電子を何も無いところを飛ばすと何も起きません。これは当然ですね。一方、磁石を置いてある所に飛ばすともちろん電子はその磁場の影響を受けます。
さて、ここからが問題です。
では、その磁石から磁場が完全に漏れないようにした所に電子を飛ばすと何らかの影響を受けるでしょうか? それともそれは磁石が無いのと同じなのでなんの影響も受けないでしょうか?
これが、実際にはなんと影響を受けるという事実が観測出来たというビックニュースだった訳です。これを世界で始めて検証したのは日立製作所基礎研究所の外村彰氏(※)です。現在でも毎回ノーベル賞候補に挙がっていると言われている大発見だったのですが、残念ながらこういった事は一般的にあまり知られていないようです。
さて、ここまでの事でとっても奇妙に思われた方も多いと思います。むしろ当然の反応だと思います。実はこの現象の背景にはスーパーポジションという状態が関係しています。
それでスーパーポジションってなんだ? という事です。この専門用語自体が奇妙ですが、実はこのことを正確に伝える言葉を人間は持ち合わせていません。自然現象について全てを語る言葉を人間が持ち合わせているという考え自体が人間の傲慢さというものでしょう。
では、もう少し比喩を含めてこのスーパーポジションについて面白い現象を紹介しましょう。
同じように電子を使います。電子を飛ばす方向にはそれを阻む壁を用意します。
ただし、その壁に二つの穴(正確にはスリットですが)を空けておきます。一方をA、もう一方をBとしておきましょう。こうしておくと運の良い電子はAまたはBをすり抜けますね。そして無事通り抜けた先にはスクリーンを用意しておきます。つまり通り抜けてきた電子はそのスクリーンに当たって小さな痕跡を残すことになります。
さて、この実験の結果はどうなるか?
実は干渉模様が現れてしまいます。干渉模様はAとBを同時にすり抜けるような時にAからとBから漏れてきた同士が干渉して模様を作る時に現れます。
という事は電子が途中で分割されてAとBを通過したのでしょうか?
これはありえません。なぜなら電子はこれ以上分割されないからです。
そこでイジワルなテストを思いつきます。AとBにセンサーを設けて電子が通過したらカチッと反応して知らせるように仕掛けておくという方法です。こうして実験すると確かにセンサーはAまたはBでしか反応しません。AとBが両方反応することは起きません。なのでこの時、電子はAかBのどちらか一方しか通過していない事がわかります。
そうなるとなぜ干渉模様が出ていたのかわからなくなりますね。干渉模様は現れるはずは無いわけです。そう思ってこの実験の後にスクリーンを見るとなんと不思議な事に今度は干渉模様は無いのです。実に不思議な事です。
つまり、センサーで見ているとき電子君は「俺は一人だからどっちかしか通りませんよ。だから干渉など無いんだよ」と言います。そこで見るのを止めると今度はどっちを通ったか分からないのですが電子君は「俺って両方を通過して干渉したんだよ」と言ってきます。
どうしてセンサーで見られているか見られていないか分かるんでしょうか?
先ほども書いたのですがこれがまさに「人間にはこれを語る言葉を持っていない」という理由なんです。
と、諦めてしまっては実も蓋もふたもありません。実はこれを見事に説明する解釈があります。それを最初に示したのはプリンストン大学の大学院生であったヒュー・エヴェレットの解釈です。当時(1957年)彼の解釈は殆ど無視されていました。というのもあまりにも奇抜でSF的なため「なにもそこまで考えなくても」という解釈だったからです。
しかし、近年の学会で行われた調査ではその解釈を支持するという科学者が少なくないのです。彼の解釈は「多世界解釈」というものです。これは次のように解釈するというものです。あなたがサイコロを投げたとき出目は1から6までのどれかです。そこで2が出たとします。そのときあなたは「あ、2が出た」と思うでしょう。しかしエヴェレットの解釈ではその背景に「あ、1が出た」というあなたが居る別の世界があり、「あ、5が出た」というあなたが居る別の世界があるのだという説です。つまり可能性の数だけ世界が重なって存在するのだというものです。
こう考えると先ほどの事が説明できます。見ていないとき可能性はAかBの二通りの可能性があるのでAを通過したという世界とBを通過したという世界があり、電子は自分自身の他の世界の自分と干渉したのです。しかしセンサーを設置する。例えばAで反応すると可能性のある世界は一つしかありません。それはAを通過した世界だけです。だから我々は「確かにAを通過した」と理解します。このとき確かに干渉は起きません。
こうして見事に説明する事が出来ます。
さて、これを発展させて考えると、例えばコンピュータのCPUの状態を観測しないようにしてやるとCPUのあらゆる状態の世界が存在します。これをうまく応用すると、途方も無い数のコンピュータで計算する事ができるかも知れないというアイデアが生まれます。実はこれこそ今、世界中でしのぎを削って開発が進められている量子コンピュータの原理です。この研究の先駆者でもあるデイヴィッド・ドイッチュ(David Deutsch)の言葉を借りれば「量子コンピュータが実証されたとき、多世界の存在を実証したことになる」という事で決してSFではありません。ただ、解釈はこれだけではなく「未知の原理」あるいは「パイロット波」など多岐に渡ることは付け加えておきたいと思います。
今回は少し基本概念だけに終始してしまいましたが、常識的には絶対に不可能としか思えなかった「無相互作用測定」が出来そうだという感覚になったのではないでしょうか?
次回はいよいよこの方法の具体的なメカニズムに迫ってみたいと思います。
※日立製作所基礎研究所の外村彰氏の実験
これはAB効果といわれています。アハラノフ=ボーム効果(Aharonov-Bohm effect)。
実験では磁性体はニオブ超伝導体で完全にシールドして行われました。
※注意が必要な事
今回はかなりSFのような内容になってしまったので、あえてちょっと言い訳をしておこうと思っています。毎回の事なのですが今回もかなり比喩を多用してイメージとして分かりやすい言葉で書いたつもりですがそこは注意が必要です。なので興味を持たれた方はちゃんとした解説書や専門書に目を通して頂きたいと思います。
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